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安倍首相のごり押し政治

先週、トランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の首脳会談計画や佐川国税庁長官辞任が大きく報じられた。突然の米朝首脳会談計画は、米国従属の頼りない日本外交の稚拙さを曝け出したといえる。地理的、歴史的に米国とは異なる日本は日本なりの外交交渉をしていかなければならないが、米国と同じ土俵に立ち、圧力一辺倒の外交を展開してきた。対話する相手さえもいないのだ。その結果、梯子を外されたような、今回の首脳会談開催である。官僚では日朝の関係改善は不可能なことは明らかだが、政治家にも事態を打開できるほどの力量をそなえた人はいない。

財務省の文書の書き換えは行なわれていたようだ。データを改竄した神戸製鋼所等の民だけでなく官も不正を働いていたのだ。民・官とも内部が腐っている部分があり、日本社会に悪い菌が広まっているのかもしれない。1980年代までの高成長とバブル期にも腐敗した組織は当然あったけれども、高度経済成長によって遣り過ごしてきた。だが、問題を曖昧に処理してきた付けが、1990年代以降の経済社会にさまざまな形であらわれてきている。

文書の書き換えは官僚が勝手にできることではなく、官僚を統括する内閣、さらにいえば麻生財務大臣と安倍首相が指示したと普通は考えられる。安倍首相やその妻の地位を守るために、話の辻褄を合わせるために文書の改竄を行なったのだ。事実を捻じ曲げるために国会をはじめ計り知れない時間と金を費やしてきた。時間と金だけでなく、何物にも代えがたく、地球にも匹敵する人の命にまで森友問題の影響は及んだ。

疑惑事件ではしばしば犠牲者がでるが、犠牲者はたいてい組織の下部に属しており、上の人間はぬくぬくとしている。特に、政治家は事件があったかのような、知らん振りの態度をとる。今回の麻生大臣も俺はなにも悪いことはない、適任の人事をしたのだと放言する。適任の人事をしたのであれば、今になって、なぜ辞任なのだろうか(事実は辞めさせたのだと思うが)。自殺者を出し、官僚の首を切り、尻尾を次々に切っていく。次の犠牲者が出ないことを願うばかりだが、一刻も早く、事実をぶちまけ、国会を後ろ向きではなく、前向きの議論をする場に戻してもらいたい。

東日本大震災からちょうど7年だが、避難者はまだ7.3万人もいる。自然災害に人災ともいうべき原発事故加わり、これからも避難は続き、巨額の廃炉資金も必要である。原発から排出される核廃物をすてる場所もなく、それでもなお原発を稼働させる。福島第1の廃炉だけでも何十兆円かかるかわからないが、安倍政権は原発政策を変えようとしない。

電力は今、十分に足りている。原発は制御不能となりメルトダウンすれば原爆と同じ、あるいはそれ以上の放射能を撒き散らし、多数の被曝犠牲者を出す。なおかつ核廃物の処理ができないといった恐ろしいものだが、捨て去ろうとしない。まったく、地震大国の原発は原爆攻撃に曝されているようなものだ。こんな危険極まりない原発に安倍政権はなぜそれほど固執するのだろうか。

安倍政権を存続させるためには、内閣は道理などどうでもよいのだと思っているのだ。自民党が推進してきた原発政策を否定することは、安倍政権の存立を脅かすことになると政府は考えているのだろう。安倍首相の地位を保持するためには、森友学園の不条理な土地売買を正常な取引であったと屁理屈をこね、売買の正当性を主張し続けることと同じではないか。いずれも道理よりも自己保身のためには、不条理を貫くことが大事だと考えているのだ。不条理を貫くためには改竄、捏造、隠蔽も厭わない。

黒田日銀総裁の続投も原発政策と同じだ。過去5年間の金融政策の検証もせず、異常な金融政策を繰り返す。復習することなく、日本軍のように前進あるのみ。そして黒田総裁に輪をかけて過激な副総裁を選ぶ。これも「安倍一強」の成せる業なのか。

独裁制を強めていった戦前の軍部のように、「安倍一強」体制が強まるにつれて、不条理が暴かれず、力でねじ伏せる場面にしばしば出くわす(安保法や共謀罪の成立はその好例)。安倍首相の独裁制の強化が森友・加計学園問題を産み出し、問題を大きくした。ここまで安倍政権が権力を握ることができなければ、不条理の問題に耐え得なかったのではないか。

それにしても事実を捻じ曲げ、あたかも真実のように装うことには膨大な労力を必要とする。会社が二重帳簿をつくり、粉飾決算をでっち上げるが、担当者は過労と精神障害に悩まされ、人によっては自殺に追い込まれる。苦労は報われることなく、結局、会社は破綻へと進むことになるのだが、それでも粉飾はなくならない。

改竄、捏造といった無駄なことに莫大な費用と労働力を割くことは、社会の衰退に繋がる。国会や内閣はすべて税金で賄われている。まさに血税を福島第1と同じように、どぶに捨てているようなものだ。

安倍首相に官僚が忖度し、首相の落ち度を揉み消し、真実を闇に葬る。このような行為は「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」(憲法第15条)という憲法に抵触するのである。国民にはまったく向き合わず、首相だけに顔を向ける。あまりにも情けない光景ではないか。こうした光景は企業などでもよく見かけるが、独裁度が強いほどこの光景が多くなる。「安倍一強」という政治をすこしでも弱めていくことが、日本の政治を健全にしていく方法なのだと思う。

独裁によって政治が体たらくでは、本来有用な分野に活用できる資金が無駄に使われ、経済の効率は悪化していく。特に、日銀の過度の金融政策により、株式や債券といった金融経済は肥大化し、実物経済を脅かしている。超低金利が土地などの資産価格を引き上げ、バブル化していることへの反動の動きも早晩顕在化するだろう。これらは、人為的に作られたものだから、崩れるときは一気に崩れる。そういうハイリスクを政府と日銀が国民に負わせているのである。政治の付けはあまりにも大きい。

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