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なんであれ技術が使われるにはシンプルであることが大事だと、

ビットコインが成長するためにはシンプルが必要と指摘する記事を読んで、なるほどね。

Why simplicity is best for bitcoin growth - Articles - Bitcoin News, Analysis, Interviews and Features
http://bitscan.com/articles/why-simplicity-is-best-for-bitcoin-growth

とくにメールとの類推はいい。
 

コミュニティという言葉が飛び交うのを止めることはないようだ。

しかし幻影を求めるかのような感じを持つ人もいよう。人の関係は極端に薄く、無縁の空間におかれていることを実感させられる機会も多いから。

人はなにによって共同性や連帯を求めているのだろうか。それに重きを置く観念(イデオロギー)によっているなら、それは幻影のままかもしれない。

現実のなかに相互救済を必然とする事情があり、そのなかで連帯の内実を求めるほかにその実相はみえてこないのかもしれない。

日本民俗学はかつて岡山の都窪郡や愛媛宇和島にあった「山あがり」や「はぐくみ山」、「御介抱山(ごかいほうやま)」の事実を教えている。困窮し生 活に窮した者を山にあげ、小屋掛け生活をさせ、山畑を耕し薪材を販売させて生活の活路を開かせたのである。共有の山を困窮者の救済に充てたわけだ。

しかしいま「山」はない。困窮したらおしまいである。たしかに公共による扶助の制度はある。民間のNPOなどによるサポートの取り組みがある。あたまが自然にさがる取り組みを聞くこともある。しかし、うまくそれに関われる困窮者ばかりではないようだ。

取り組みはあっても不十分なのは、もとよりそうした取り組みのせいではない。おそらくは扶助の慣行を失ってしまった一人ひとりの生活の仕方のなかに 理由があるのだろう。シェアし共有の物事を持つ習慣の欠如がその根っこにあるのかもしれない。相談事ひとつとっても、事をわかちもたねば相談にはならん し。

しかし「山」を追放してしまっているのだから、そこに避難して再起を期すなんてことはありえない。

現実は種々の顔を持つ。かつての無尽講も褒められたものでもないなという面をもつものもあったが、孤児救済の「出世無尽」などの義理づとめに、シェアしわかちもつ務めがあったことを知る。

もしかしたら義理づとめを追放してしまったのにコミュニティを語るから、コミュニティという言葉に空疎さや幻影でしかないという感じがつきまといはじめたのかもしれない。

世の中が拡大し、特別肩を寄せあって生活する必要などなし、可能性が広く開けている、束縛は去り、豊かさへと人が動いて、さて、結果が出てきて、広々とした豊穣が幻影であったことを知る人も数多く生まれ、山なき里に出てきてしまっていることを知る。

さて、どこに山をつくって、あがろうか?

我が国では反原発のデモががんばっている。その一方で、チラリと見たル・フィガロ。
Fukushima n’a pas cassé l’expansion du nucléaire - Indices & Actions - Le Figaro Bourse
http://bourse.lefigaro.fr/indices-actions/actu-conseils/fukushima-n-a-pas-casse-l-expansion-du-nucleaire-253294
「フクシマは核の拡大を壊しはしなかった。」との記事あり。OECDの報告書を取り上げている。

「CO2を排出しないエネルギー源としての原子力の発展はとりわけアジアで継続すべきだとOECDは述べる。フランスのプレーヤーはプレーのためによいカードを持っている。」
「フクシマダイイチの核事故は国によっては核プロジェクトと核政策に影響を与え、日本では50ほどの原子炉を停止させ、ドイツには発電のデッドラインを設けさせた。このような災厄にもかかわらず、原子力は、・・・OECDの原子力機関、NEAと国際原子力エネルギーエージェンシーIAEAの共同リポートによれば、世界のエネルギーミックスの主要な要素であり続ける。2035年までに、世界的レベルで原発の発電量は44%から99%の範囲で増やすべきであると。
いくつかの国で現在、新規に原発の建設を計画しており、中国、ロシア、韓国では最高の伸びが予想される。アジアにおいてその増加量は合計して125%から185%の間でなければならない。」

2035年までに、東アジアではずいぶん原発が増えていくのだな。日本を原発ゼロにする反原発の声は狭く我が国にとどまらず東アジアに拡大していって欲しいもの。しろうと考えにすぎないが、近隣諸国で原発事故なら、風にのって放射能はみな我が国にくるだろう。我が国は確実に住めない国になり、国民の命は危険にさらされるのではないか。フクシマのメッセージに国境はないと考えさせられた。

 

ギグ・エコノミーか。ギグとはミュージシャンなどが一回こっきりの出演で働くことをいう俗語。いわば半自営半失業状態をいう。私自身そうなので、なんだか身につまされる議論だ。ましてや最近、半自営ともいえず、四分の一、いやひどいときは十分の一自営で、四分の三や十分の九失業となると尚更。
 

 

FAZの記事、「民主主義はゴミ」。たしかに欧州統合の政治的言辞は風に舞う灰のようなものになっているか。
 
「ますます明らかになっていることは欧州が今まさに経験していることがエピソードではなく、経済の第一義性と政治のそれとの間の権力闘争であるということである。すでに政治は大きく地盤を喪失しており、統一した欧州に関連したあらゆる政治的表現が風で灰のように散乱し、そのプロセスは加速している。」
 
Der griechische Weg: Demokratie ist Ramsch - Feuilleton - FAZ http://www.faz.net/aktuell/feuilleton/der-griechische-weg-demokratie-ist-ramsch-11514358.html

 

50%のヘアカットでギリシャが救われることはないでしょうね。 
ルモンドが紹介している下記の見解が順当かな。 
「・・・一種のマーシャル・プランを通して同国の成長を加速する支えがなければ、ギリシャは”債務の製造マシン”でありつづけるだろう。そして10年のうちに、 おそらく7年で、同国は公的債務がGDPの160%となり再び窒息するだろう。言い換えれば、出発点に戻るわけだ。」 
 
"On a donné une aspirine au pays. Il lui faut encore un traitement de choc" - LeMonde.fr http://www.lemonde.fr/crise-financiere/article/2011/10/27/on-a-donne-une-aspirine-au-pays-il-lui-faut-encore-un-traitement-de-choc_1594904_1581613.html

 

ロバート・スキデルスキーの一文、「ブームは幻覚であった」が目に止まる。「世界経済は危機に瀕している。私たちがいま望みうる最良のものは、グローバル化の荒々しい土地からの管理された退却である。オルタナティブはユーロの崩壊、保護主義、そして戦争でさえある」と刺激的に語り始めている。
 
危機にある世界経済、その先行きの考えられる二つのシナリオのうち分解のそれのほうを人は予感しているだろう。30年代の傷跡をもっと激しいかたちで通過していくことになるのか。
 
経済の考え方としては、要するに世界経済がケインズの貯蓄のパラドックスに逢着しているということだろうが、現在の経済の姿をわかりやすく整理してくれているような印象ももつ。そこで、ざっと、高名なケインズ研究家でもあるスキデルスキーの議論を、簡単にじぶんなりにメモしておこうと考えた。
 
以下
からのメモ。
 
・・・
2008年秋の崩壊以来、世界経済は3つのフェーズを経験してきた。一年以上の急速な衰退、2009年から2010年の回復、しかしそれは全快とはならなかった。そして次に、これまでのところ非常に浅いものだが、本年の下降。
 
過去4年に生じた損害は巨大であった。世界経済は2007年から2009年の間に6%収縮し、4%回復した。2007年の成長率が継続していたならば、そうであったであろうより10%貧しく、そして苦痛はまだ終わってはいない。いま我々は第二の金融危機の初期にいる。”二番底”を回避するにはすでに遅すぎるかもしれないが、三番底を避けるのはまだできるかもしれない。これについては、持続的な回復を確保するのに必要とされるものについてしっかりした知的分析が必要とされる。そして集合的な政治的分析がそれを実行するであろう。
・・・

 

やっと休日を迎えた感じだ。先週、読めなかった情報をネットで読む。Peterson Institute for International Economics にある Anders Aslund の Carry Trade Aggravates the Oil Shock が目にとまった。
 
需給ギャップを言い、緩和的な金融政策を採る主流の経済学に批判的な議論は、高止まりしたコモディティ価格をもたらしたキャリートレードの現実を見る者には、そうした見解もさもありなんと思わせる。
議論を、下記に簡単にメモしておくか。
 
・・・
 
最近の石油価格ショックは世界の主要な中央銀行やその見当違いの金利政策にとって更なる注意を払うべき教訓として役立てられるべきである。現在主要な中央銀行は3月にユーロ圏におけるインフレ率が年率で2.6%に上昇したにもかかわらず、マイナスの実質金利を維持している。いまだ、欧州中央銀行が来週、その主要金利を年率1.0%から1.26%に引き上げることを意図していても、米連邦準備制度理事会と日本銀行はゼロ金利を維持しており、抵抗が存在する。
 
マイナスの実質金利が永続することは、世界の金融市場を歪める危険がある。中央銀行は現実を直視し、速やかに金利を引き上げるべきである。金融緩和政策は別の成長の条件がある場合にのみ経済成長を刺激しうる。今日、多くの余剰資本はキャリートレードで投資条件がいっそう有利な新興市場に向かい、あらゆる種類の市場を不安定にしている。
 
プリンストンのヒュン・ソンシン教授はほとんどのキャリートレードの評価に、米国における160行の外資系銀行の非コアのドル債務の純額を使用している。現在のところ、それは6000億ドルにのぼる。偶然、それはまさしく米連邦準備制度理事会の第二次量的緩和のボリュームである。この資金は投資や消費者需要で米国経済を刺激してはいない。代わりに、そのもたらしたものは、世界経済を不安定化し、新興経済の政策立案者に通貨戦争や経済の過熱を引き起こす資本流入に不満を述べさせる需要ショックである。
 
主流の経済学者たちはいまだ、かなりの失業率で明白な大規模な需給ギャップのために低金利によって経済を刺激する必要性を認識することに囚われている。しかし

 

中東の混乱や中国のインフレ懸念など、国際経済のリスク要因があるのに、たとえば有事のドル買いのようなドルへの逃避が起こっていないように見えるのはなぜかという単純な疑問に答えてくれる一文を目にする。