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「共謀罪」と「国体」

安倍政権は過去3度も廃案になった「共謀罪」法案を成立させようとしている。「共謀罪」法案は憲法で保障されている基本的人権を侵し、国家権力を強める法案である。「秘密保護法」や「安保法」もいずれも国家権力の拡大を狙ったものであり、主権在民を貶める法である。「共謀罪」法案はテロ防止に役立つというが、英国、フランスなどで起きているテロを阻止できなかったことに鑑みれば、法律でテロを防ぐことは不可能なことがわかる。詐欺、窃盗、殺人などの犯罪を防ぎ、逮捕もなかなかできないことに目を向ければ、テロを未然に防ぐことなどできはしない。
日本ではテロはそもそも起こりにくい。欧米に比べて人種や宗教などの違いがすくなく、起こるとすれば極右、極左が考えられるが、今は右派の台頭が強いのではないか。安倍首相夫妻と森友学園とは根のところでは国体思想で結びついているように、「国の最高レベル」が右傾化している。安倍首相が国体思想に根差しているから、「秘密保護法」や「安保法」、さらには「共謀罪」といった戦前への回帰へと突っ走るのだと思う。
戦後72年を経過しながら戦争のない平和な時代に逆らうように国家権力を強化する姿勢は異常だ。戦前のアンシャンレジームを取り戻したいという意志がひしひしと感じられる。戦前の体制の基は国体であり、理想は国体を復活させたいのだろう。日本会議の面々は大同小異、国体擁護者なのだ。小池百合子東京都知事も日本会議に所属している。一枚皮をはがすと、相当ことなる容貌がみえてくる。国会議員の多くが日本会議に所属している(付き合いもあるだろうが)ことからいえることは、いつのまにか日本という国は右傾化してきているということだ。そして、そういう政治集団が数の力でぐいぐい押してきている。このままいけばまた来た道に戻るかもしれない。
次々に怖い法律が出来上がり、国家権力は強化される一方、国民の基本的人権は奪われる。一連の怖い法律は憲法改正の序曲と位置付けているのだろう。徐々に本丸に近づく計略なのだ。安倍首相は憲法9条に加憲するという。これで先鞭を付け、さらに踏み込んでいくつもりなのだ。
国家権力を振り回す「共謀罪」を機能させるには、「共謀罪」を見つけるスパイのような役割を果たす人間が必要だ。戦前の特高という、いまでも公安が担っているのだろうが、そういう不気味な組織が跋扈することになる。「共謀罪」を企てている人を捕まえるには人・物・金がいるが、このようなことに大切な税金を投入しても、ほとんど金をドブに捨てるようなものである。縮小再生産経済では経済的ダメージは大きく、パンと大砲のたとえでいえば、パンが少なくなり、大砲が多くなる。極端な例は北朝鮮だが、ロシア、中国、米国なども大砲重視の国であり、大砲を少なくすれば、国民はもっと楽な生活を送ることができるのだ。酷い権力者は地位保全のために大砲の増産・充実に余念がない。日本も国家権力の拡大によって、パンより大砲に力点が置かれるばかりではなく、ある日突然、警察に連行されるという事態が起こるかもしれない。
権力の集中、これを徹底的に実行できるのが国体だと安倍首相は考えているのだ。江戸から明治への大政奉還という大転換の最大の要因は国体だったが、安倍首相はそれを謎っているかのように思える。だから、天皇の退位は特例法で対処し、女系については極めて慎重である。本音をいえば退位などしてもらいたくないのだ。最後まで天皇の地位にとどまってもらいたかったのではないか。そうすることで国体が国民により浸透し、支持されると考えているのではないか。
森友学園に加え加計学園と続く、安倍首相の濃密な交友とのただならぬ関係に呆れるばかりである。前川喜平前文科事務次官が内閣府から文科省への「総理のご意向」との文言が入った文書の存在を認めても、菅官房長官は再調査を否定、だが、現役職員から文書の存在が指摘されると、文科省はやっと重い腰を上げた。内部告発では逃れようがない。
再就職等問題で法律違反を犯した文科省は、内閣府と共謀し、加計学園の獣医学部新設を推進した。教育行政の支配者である文科省が次から次へと不正を働き、文科省の信用は地に落ちた。証人喚問はしない、怪文書だ、調査してもみつからなかった、と端から調べる気持ちはなかったのだ。これでも教育行政を司る組織なのだろうか。
文科省がまともな組織になるには、内閣府や政治家に擦り寄るのではなく、国民の公僕だという意識を強く持つ以外にはない。たまりにたまっている膿を出し切るには、内部調査ではなく、第三者が調査を主導すべきだ。そうしなければ信憑性は担保できない。どこまで独自に調査できるか、文科省の真価が問われている。
政府と日銀による共謀で日銀の金融政策の独立性は失われた。政府の意のままになる総裁を日銀に送り込み、審議委員も総裁賛成派を選ぶなど日銀は政府の傀儡に堕落してしまった。もともとお公家体質の強い集団であり、政治家に弱く、決断力に欠ける。ただ、総裁も審議委員も国会同意人事であり、時の支配政党が任命を握っており、政治の支配から逃れられない宿命を背負っている。それでも今のような露骨な政治支配は稀である。
日銀はいまだに物価2%に拘っている。黒田総裁が就任してから4年経過しているが、物価は巨額の国債購入に一向に反応せず、昨年度の消費者物価指数(生鮮食品除く)は前年比0.2%減と2012年度以来4年ぶりのマイナスとなった。それでも先行き2%に上昇すると予想している。実質GDPの伸びは今年度をピークに低下する予測を出しながら、なんとも不思議な物価予測としかいいようがない。日銀にはまともなエコノミストはいないのだろうか。いたとしても、上層部を忖度して、自説を曲げているのだろうか。いずれにせよ、組織優先の文科省と同様、国民の目線を無視した姿勢だといわざるをえない。

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