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「自粛」の示唆するところ

金が過去最高値を更新した。過去1カ月で6.9%、昨年末比では24.6%の上昇である。新型コロナにより不透明感が増している世界経済、領事館閉鎖による米中関係の悪化、さらに対ユーロで1年10カ月ぶりのドル安が金選好を高めた。

利息の付かない金に引き寄せられるのは、主要中央銀行がゼロ金利を長期的に続けると自ら宣言しているからだ。米国は0.24%とプラスだが、米国を除けば短期金利はマイナスである。米10年債利回りは0.59%と主要国では高いが、過去最低水準に張り付き、昨年末から132ベイシスポイントも低下している。欧州の10債利回りも昨年末比で大幅に低下しており、世界の債券利回りは過去にない異常な水準にあると言える。

財政赤字の隠蔽を端に発したギリシャ危機により、同国の債券利回りは2012年3月、30%をはるかに超えていた。それも今では1.05%だし、イタリアやスペインも0.99%、0.34%へと極端に下がっている。今年の3月18日、ECBが7,500億ユーロの緊急債券買い入れプログラム(PEPP)を開始したことが、利回り低下に拍車を掛けた。6月4日には6,000億ユーロが追加され、PEPPは1兆3,500億ユーロの規模に拡大され、債券関係者はユーロ圏の債券を我先に求めていったのだ。

先週21日のEU首脳会議で、7,500億ユーロの復興基金設立が決まった。補助金3,900億ユーロ、融資3,600億ユーロと当初の配分に比べて補助金の割合が低く、融資が高くなったが、ユーロにとっては追い風となった。

6月のドイツHICPは年率0.8%とプラスだが、イタリア、スペイン、ギリシャは-0.4%、-0.3%、-1.9%といずれもマイナスである。物価を加味したドイツの実質利回りは-1.25%だが、ラテン系は物価がマイナスのため、いずれも実質金利が上昇し、ドイツとの実質利回り格差は拡大している

7月のユーロ圏PMIは総合指数が54.8へと6月の48.5から大幅に改善、製造業についても51.1と6月の47.4から景気が良いか悪いかの分かれ目の50.0を超えた。ただ、ドイツのZEW景気指数は7月、59.3と6月の63.4から低下しており、このまま欧州の景気が改善し続けると判断を下すにはまだ早い。

新規感染者が最多を更新している米国の総合PMIは7月、50.0に改善したが、サービスは49.6と50.0を超えることはできなかった。ニューヨーク連銀が公表しているWEIによると、7月18日週は-7.08と前週の-6.99よりもやや悪化し、労働省の新規失業保険申請件数も7月18日までは141.6万人とその前の週よりも増加している。

6月の米景気先行指数は前月比2.0%と2カ月連続のプラスとなった。同様に、一致指数も96.7(2016=100)と2カ月連続のプラスだったが、2016年の水準を下回っており、景気の勢いはまだまだ弱い。7月末には失業給付特別措置が終了することになるが、一部は継続され、現金支給の拡充もこれから発表される追加対策に含まれるとも言われている。

日本でも新型コロナが全国で最多になるなど、経済活動を抑制せざるを得ない事態に追い込まれている。コロナ禍が問題になってすでに半年が経過した。半年、新型コロナと付き合ってきたので、いくらか、対応の仕方も分かってきたのではないか。どのような物事でも経験を積めば、より上手に対応できるようになり、そうした環境での生活方法も身についていくはずである。一人一人が危険度を判断し、行動することがなによりも大事ではないだろうか。

7月の日本の総合PMIは43.9と6月の40.8から改善しているけれども、米国やユーロ圏が50.0を上回っているのとは対照的である。サービス指数は45.2と6月よりも0.2ポイントしか改善していない。製造業は6月の32.3から41.2へ改善しているが、水準はサービスよりも低い。

欧米に比べて、日本は感染者も死亡者も少ないにもかかわらず、経済活動はより低調なのである。それは日本が欧米よりも自粛がより広く行き渡っているからだろう。良くも悪くも日本人の集団主義が自粛を徹底させているのだと思う。古くからの「和を以て貴しとなす」との格言が日本人の生活のなかに生き続けているのだ。ほとんどの人がマスクを着用していることだけを取り上げても、他人と同じ行動を取る志向が異常に強く、他人と異なる行動には極めて慎重だという日本人の特徴が表れている。

互いに牽制しあい、同じ行動を取り、同じ思考をするようになっていくのだろう。自己意識が弱いので、ついつい他人の目を気にすることになる。そしていつのまにか集団に取り込まれているのだ。

自粛が行き過ぎれば、行動、思考ががんじがらめになり、自己が喪失してしまう。最終的には行き詰まってしまい、悲惨な結末に至るかもしれない。忖度も集団主義が強いほど強くなるのではないか。自己の弱い日本人は忖度することで、社会に受け入れられたいとの思いが強い。

集団主義による過度の自粛が経済活動を衰退させているが、反面、感染者や死亡者が少ないという長所もみられる。政府の号令がこれほど効果を発揮するとは意外であった。ウイルスに対する号令がこれほど社会に浸透したことは、もっと緊迫した事態への号令が掛かれば、社会はさらに強く統制されるかもしれない。そのように考えると、自粛に表れる集団主義が恐ろしくなってくる。

集団主義だから、経済変動もおのずと大きくなる。戦後の焼け野が原からの全員参加型出発が経済成長率を高め、右肩上がりを強めていった。右に倣へで、経済のアクセルを強く踏み込んだまま走り続けた。だが、1980年代末には、集団的総力戦の歪が実体経済と金融経済のすみずみまで行き渡り、そこから先には進めなくなってしまった。バブルの崩壊である。 

崩れる時も集団だから、下降は速く谷は深くなる。物事が上手く行っているときは良いが、一旦、悪くなると手が付けられなくなる。また、集団主義は、自己の強い優れた指導者の輩出に適さず、難破船のように目的地なく海上を漂うことになる。

今の日本も大海原を漂流しているだけかもしれない。良識のある指導者が現れないことが最大の問題である。集団主義の悪い側面が教育から企業まで蔓延しており、自己がいつの間にか摘み取られて、没個性の集団になっているからだ。学校に行けば行くほど没個性化され、会社に入れば独裁体制禍というウイルスに苦しめられる。

日本人の自粛行為は、日本は「全体主義ではないが」、「全体主義的でもある」、「全体主義になりやすい」ということを暗示しているのではないだろうか。

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