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妄言でも飛び付くたわい無い市場

米大統領選挙が終わり、中国共産党大会で習近平氏が総書記に選出されたが、日本では衆議院が解散され、来月16日に投票が実施される。選挙をしてもこれまで以上に優秀な議員が選出されるとはとうてい考えられず、政治の混迷は深まるばかりではないだろうか。第3極とやらに期待する向きもあるが、野田首相に輪を掛けた右寄りであり、自民党の安倍総裁と同じ穴の狢だ。

解散するとすぐに、安倍総裁は日銀に矛先を向け、言いたい放題。株式や為替がいくら将来を織り込むとはいえ、度が過ぎれば、焼けども大きくなることは過去を顧みるまでもない。週末までの3日間で円ドル相場は3円弱円安にぶれたが、16日は落ち着いてきており、ドル高円安も天井ではないか。株式も過剰反応したことに対する反動が予想される。これからも経済の悪化を示す指標が発表され、収益不安が一層募るからだ。

政治屋が無理強いする金融政策で、経済がデフレから脱却できるのであれば、とっくの昔に正常な姿に戻っている。戻っていないことは、金融政策はいまの経済にはまったく無力だということなのだ。あたかも、日銀がさらに金融緩和すれば、経済がデフレから抜け出すことができるなど妄言もいいとこである。金融の仕組みを分かっていない総裁が、国民に妄言を吹聴し、あたかも経済をよくできるかのように言う。金融だけでなく大概の問題を自分かってに解釈し吹聴するそれが政治屋という人間なのだろう。国民も国民で経済学部出身がごまんといるけれども、ろくに勉強していないので、政治屋と五十歩百歩といったところだ。

1990年代のバブル崩壊過程においても、自民党政権はバブル崩壊の認識などなく、消費者物価指数が前年を割れたときでさえもデフレという言葉など使わなかった。まったく、いいかげんな現状認識であったのだ。そもそも現状を正しく把握しようという気持ちなど微塵もなかったのだろう。現状判断がでたらめであれば、対応も的を外れたものになるのは必至。1990年代、不動産価格の暴落による不良債権処理も場当たり的であり、杜撰なものであった。その付けがいまだに続いているのである。

 月例経済報告にみられるように、こうした杜撰な現状把握はいまも続いている。経済が後退の真っ只中にあっても「景気は--- 弱い動きになっている」(内閣府、11月16日)と作文する。これを普通に読めば弱い程度か、じゃあそれほど悪くないのだととらえるだろう。原発事故をできるだけ小さくみせようとした経済産業省の役人とまったく同じ。だから、対応や対策が後手になり、被害や問題が大きくなり、手がつけられなくなるまで拡大する。何度、酷い痛い経験をしても、役人にはそれを糧にしてよくしようという気概はないのだ。同じことを繰り返す、これが役人の基本的考えなのである。

 政治家がこうした因襲を取り除かなければならないのだが、いかんせん大臣を始めとする人材の質は目を覆うばかり。役人の言いなり、役人の片棒担ぎになっており、政治の色合いはでてこない。

原発事故の処理も1990年代の不良債権処理と同じだ。事故原因も究明とはほど遠い状態だし、国有化されているにもかかわらず、事故処理はいまだに東電任せで進んでいる。これでは、東電の資金要求を丸呑みし、金を溝に捨てながら時間が徒に過ぎていくだけである。東電のバランスシートをみても原発設備や核燃料は事故前とそれほど変わらず、バランスシートの信憑性に欠ける。東電は潰し、一から出直さなければ、結局、国民や電力需要者の負担が増えるだけである。東電は痛くもかゆくも無いのである。いまだに東証が東電を上場させていることだけを取り上げても、株式市場がいかに矛盾を抱えているかがわかる。

 福島の原発を処理することもできないのに、原発を動かす、あるいは建設中であった原発の建設を認めるなど、福島原発事故がなかったかのような政治決定が行われている。電力は足りているが、どの電力会社も原発を止めるとはいわない。実質的に何度も倒産した東電さえもまだ原発を動かしたいのだ。一度、事故が起これば、取り返しがつかない悲惨な事態に陥るが、電力会社はなんとも思わないのである。世界最大の地震地帯であるところに、54基もの原発がある。外国からのミサイルを心配するよりも国内の原発がもっと怖いのではないか。

どの党も経済の再生を謳うけれども、日本経済には成長とか拡大はもはやないのだ。問題は成長ではなく、所得分配なのである。いま所得格差が歴然としているが、これをいかに縮小していくかが最大の問題なのだ。これには所得税や資産課税の税率を富裕層に対して引き上げ、累進性を高めるしかない。

7-9月期の名目GDPは前期比-0.9%と2期連続のマイナスである。消費支出が2期連続で減少したほか、民間設備投資が-3.7%と09年4-6月期以来の大幅減となった。その結果、民間需要は1.0%減と大震災の2011年1-3月期以来の大幅な減少となった。一方、公的需要は0.9%と3期連続増と民間在庫と同じGDPに0.2%寄与したが、外需のマイナスを埋めるのがやっとであった。鉱工業生産が引き続き大幅に低下することなどで、10-12月期のGDPも前期を下回るだろう。

実質でも前期比-0.9%となり、米国0.5%やユーロ圏-0.1%に比べても日本の悪化が際立っている。名目でマイナスになったのは日本だけであり、あれだけ債務危機で四苦八苦していてもユーロ圏は名目プラス成長なのである。

人口の減少、団塊世代の65歳入り、所得格差等が需要を衰退させ、名目GDPを縮小させている。『国民経済計算』によると、2010年度までの9年間に、国内家計最終消費支出は1.5%減少したが、これは食品、被服、娯楽等の大幅減によるものだ。65歳以上の高齢者の急増により、これらの品目の需要はさらに減少することは間違いない。最終消費支出が減少し続けるならば、GDPもほぼそのペースで減少していく。当然、ものが売れなくなるので民間設備投資も落ちていき、住宅も厳しい状態に陥るだろう。

これまで広告、宣伝に乗せられて、不必要なものまで買ってきたが、このような安くて使い捨てるような品物から大事に使う良質のものを求める方向に生活スタイルを変えていかなければならない。人口が日本の2.45倍の米国が年間の新設住宅戸数では、米国が日本をやや下回っており、いかにも異常な状態である。7-9月期の住宅支出(年率)は13.9兆円だが、半分になれば7兆円になる。こうした水膨れした支出項目はたくさんあり、いまだに日本経済はぶくぶくした体質なのである。良質のものを長く使うことにより、日本経済を引き締める必要がある。そのような生活を追及していくことによってのみ、日本経済は持続可能となるのである。 

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