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日本の物価は上がらない

値上げの声が喧しい。だが、2月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は100.7、前年比0.9%の上昇である。前年同月の-0.5%に比べれば上昇してきているが、2月の米国7.9%や3月のユーロ圏7.5%に比べれば上昇のうちには入らない。生鮮食品(ウエイト、万分の396)を除く指数(100.5)は0.6%、さらにそれからエネルギーを除いたコア指数(99.2)は-1.0%と昨年4月以降11カ月連続のマイナスだ。原油高等でエネルギー(電気代、ガス代、ガソリンなどでウエイト、万分の712)が前年比20.5%上昇し、CPIを1.41ポイント引き上げたが、携帯電話の通信料が53.6%も下落し、1.48ポイントも引き下げた。

2月の米国のCPIコアは6.4%と総合よりも低いものの1.5ポイント減にとどまるが、ユーロ圏のコアは3.2%と総合よりも4.3ポイント低い。米国のCPIは物価高があらゆる部門に波及しているように見受けられるが、実際には自動車関連の一部の高騰が今回の物価高を引き起こしているのである。ユーロ圏については、物価高の主因はエネルギーの高騰であり、これがピークアウトすれば、再び2%以下の低い水準に落ち着くだろう。

日本の物価は原油や穀物の高騰によって先行きの上昇が心配されているが、足元のコアは1月、2月-1.1%、-1.0%と2011年3月以来約11年ぶりのマイナス幅なのである。生鮮食品と光熱を除けば、後は押しなべて安定しており、先行きをそれほど心配するほどのことはない。

ロシアのウクライナ侵略もそう遠くないうちに停戦が合意されるだろう。そうすれば、原油価格はバレル100ドルを大幅に下回る水準に下落するはずだ。先週末のWTI(99.27ドル)を2月24日と比較すると6.46ドル高と上昇幅は縮小してきており、一時の騒ぎは収まりつつある。ドル高でありながら原油高という逆行高や停戦後のことを思えば、原油高騰がいつまでも続くとは、だれも想定していない。かつてのオイルショックや2008年、2014年の急落からも「山高ければ谷深し」の相場格言は生きているのである。

2月の米小売売上高は前年比17.7%、個人消費支出も13.7%と2桁増が続いており、消費需要はきわめて旺盛である。3月の失業率は3.6%と前月比0.2ポイント低下し、2020年2月以来の歴史的低水準である。大学卒などの高学歴層の失業率は2.0%に低下しており、労働需給はかなり逼迫している。労働需給の逼迫により、3月の時間当たりの平均賃金は前年比5.6%増、国民所得統計の「賃金と給与」は2月、11.5%も拡大しており、雇用と賃金の両面から米国の消費需要は押し上げられている。ユーロ圏の小売売上高も1月、前年比7.8%増加し、2月の失業率は6.8%と1998年の統計開始以来最低を更新するなど、ユーロ圏の雇用の改善も著しく、失業率の低下が消費需要の拡大に繋がっているようだ。

日本の失業率は2月、2.7%と米国やユーロ圏よりもはるかに低い。新型コロナにより、一時、3.1%(2020年10月)まで上昇したが、その後緩やかに低下しており、雇用の改善は消費にプラスの効果をもたらすと考えられる。だが、失業率の低下にもかかわらず、消費には大きな変化は起きていない。

2月の『商業動態統計』によれば、小売業販売額は前年比-0.8%と昨年の9月以来5カ月ぶりのマイナスになるなど、新型コロナによる消費の冷え込みはいまだに持続している。小売業販売額は2020年、前年比3.2%落ち込んだが、2021年は1.9%の回復にとどまり、今年に入ってからも消費に勢いはない。

新型コロナ禍で失業率の急激な上昇に陥らなかった半面、急速な改善もなく、欧米に比べれば雇用は比較的穏やかな状態を保っていた。そのため、長期的に低迷し続けている消費もトレンドの延長線上から大きく乖離することはなかった。

雇用環境は変わらず、しかも賃金もトレンドに沿ったままのほぼ横ばいに近い動きであり、なんら消費意欲を掻き立てる主要な要因に変化はなかった。さらに、人口減と少子高齢化が一層深刻になっている状態を加味するならば、日本の消費が伸びないのは当然のことなのである。そこへ、物価上昇という消費へのマイナス要因が加わることになれば、消費者は安いものを探す、購入額をこれまでよりも少なくする、さらに高額品は買わないといった消費行動に出るだろう。結局、価格を上げても、需要が減退すれば、売上が落ちることになりかねない。

日本の長期のCPI(前年比)をみると、伸び率が高くなった時は、いずれも消費税の導入と引き上げ期に一致している。1989年4月に消費税3%が導入され、1989年のCPIは2.3%へと前年の0.7%から上昇したほか、1997年1.8%、2014年2.7%と引き上げたそれぞれ年にCPIの伸びは高くなったが、それでも消費税率の引き上げ幅ほどは上昇しなかった。1991年以降の31年間のCPIうち12年はマイナスであり、2012年以降の景気回復期でさえもマイナスを2回経験し、最高でも1.0%(2018年、消費税引き上げ期を除く)というデフレとでも言える物価環境であった。

この間、WTIが100ドル前後の高騰期を長期間経験したけれども、CPIにまったく変化は見られず、日本では値上げは通用しなかったし、今も通用しないのである。エネルギーのウエイトは7.12%であり、30%の上昇でCPIを2.1ポイント引き上げるが、実際にはすべてを転嫁できるわけではない。自己努力で生産性を上げるとか、様々な手段を総動員してコストの引き下げを図るはずだ。なおかつ、需要は減少し、高価格を維持できなくなる。

人為的地球温暖化信奉者にとっては、エネルギーの高騰は歓迎すべきことではないか。エネルギー消費を削減する最大の方法は値上げである。高くなれば、いままでのようにはどんどんガソリンを使うような行動は取らないだろう。プラスチック製品の使用にもブレーキが掛かるだろう。これだけ地球温暖化を騒いでいるけれども、切羽詰まった行動に移る人がどれだけいるのだろうか。食品の包装などに使用されているプラスチック製品ひとつ取り上げてみても、化石燃料の使用とゴミの発生という二重の温暖化要因に悩まされる。食品に使用されるプラスチックさえも使用禁止に踏み切れなければ、ほかになにができるのだろうか。

1995年央以降、現在に至るまでコールレートは1%未満である。しかもこの27年間の大半はゼロであった。これほど長期間、金利のない金融政策を遂行しても貯蓄から消費への動きは現れなかった。これ以上下げられないところまで下げても、お金を消費に回すことなく、貯蓄するのである。極限まで金利を下げ、消費を後押ししても、消費は動意付かない。むしろ、将来に少しでも不安を感じるようなことが起これば、消費を控えたり、削減したりする。お金は社会になかなか出ていかない。お金が次から次へと渡っていくのではなく、すぐに社会の流れから逸れて行ってしまい、乗数効果は期待できない。

値上げの報道が紙面を賑わせているが、足元、CPIコア指数はマイナスであり、デフレなのだ。エネルギーや一部食品だけの値上がりだけで、日本のCPIは、上がりはしない。もし、数%でも上がることになれば、消費需要は間違いなく、現状の水準をさらに下回るだろう。

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