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株式は常軌を逸している

■夏休みで約2カ月休みましたが、9月も半月程度の自宅滞在で、その後、岡山に出掛けました。岡山の澄んだ空と変化に富んだ雲それに満天に輝く星、東京の大気となんと違うことか。そして瀬戸内海の心に沁み込む美しさを存分に堪能してきました。約1カ月、岡山に滞在し、やっと自宅に戻ってきました。戻ってはきましたが、高齢者に付き添うなど、頻繁な出入りを繰り返しています。11月下旬以降は以前の生活ペースを取り戻すことができそうです。

■10月末の衆議院選挙では立憲は敗北し、自民党は安定多数を確保した。投票率が55.93%と戦後3番目の低さでは、野党は勝てない。20代、30代の若い世代は選挙に行かず、50代、60代の投票率が高く、経団連を始め日本医師会などの主力団体がいずれも自民党を支持し、地方においても自民党の応援団が隅々まで根を張っている様をみると今の野党ではとても自民党に太刀打ちできない。

日本人の保守、集団主義体質は変わらず、しかも一票の格差が2倍超と制度面からも自民党を支えており、保守体制をより強固にしている。安倍元首相や菅前首相のこれまでの政治に何の関心も示さず、政治のことは任せておけばという人が多いのでは政治は変わらない。

いつの時代にも、日本人は自分というものがないのだ。適当に周りの雰囲気に合わせる、「和を以て貴しとなす」の世界なのである。民主主義国だが、個々の意見は希薄であり、集団では消えてしまうような社会では民主主義は育たない。日本は中国やロシアに近い国といえるのではないか。

国としても米国やほかの国に追随している行動が顕著にみられるように、国家も国内の個人と同じような振舞いをしている。世界のなかで存在感が薄いのは国としての主義主張のないことが最大の原因ではないか。首相をはじめ大臣は、諸外国のはっきりと物事を言う相手とは、あまりにも勝手が違い、官僚のお膳立てだけでは、会談での成果は期待できない。真剣勝負の差しの会談では相手に飲み込まれてしまう危うい場面に、しばしば直面しているのではないか。

 

■世界経済は米国の過去最高値更新を続ける株高によって維持されている。すべては米株次第なのである。米株が引き続き最高値を更新していけば、世界経済も回復していくが、米株が大幅な調整局面を迎えるならば、世界経済の雲行きは一気に怪しくなるだろう。それだけ米株の高騰は世界経済のエンジンになっているのだ。

原油価格がバレル80ドル台に値上がりしているが、これも米株高が牽引しているとみるべきである。もうひとつの要因はユーロ・ドル相場であり、為替相場と米株を睨みながら、WTI先物のポジションを組み立てている。先週末のWTIの価格は2020年末比67.5%とS&P500の25.1%を大幅に上回っている。需給だけではこれだけの急騰はない。

日本の今年1月から9月までの原油及び粗油の輸入量は前年よりも3.3%少ない。昨年が前年比-16.0%と急減したが今年はそれをさらに下回っており、2012年比では33.5%も減少する見通しである。

いずれにしろ、株式だけでなく原油も金も目先の手っ取り早い利益を求める対象になっており、巨額の投機資金がそこに流入してきているのである。過去最高値を次々に更新しても、なお高値を追いかける。投機家にその自信を与えているのはFRB、ECB、BOJの中央銀行だ。中央銀行の現実を顧みないゼロ金利政策が投機家をユーフォリアへと導いている。資金コストがゼロの状況を長期間続ければ、富裕者が目指すのは銀行預金ではなく、有価証券や不動産なのだ。ゼロ金利で銀行に預けても利息は付かず、余分の金は株式や不動産、商品に向かい、相場は実勢とはかけ離れ、投機が投機を呼ぶという状況である。株式価額・GDP比や株価収益率から判断すれば、いつ米株式は暴落しても不思議ではない水準まで舞い上がっているのだ。

だから、11月3日のFOMC後の記者会見で、FRBのパウエル議長は、金利については「利上げする時期ではない」と明言、株式などの投機市場に寄り添った姿勢を示した。米株が崩れれば、いままでの金融政策が水泡に帰すからだ。FRBはいかに米株式を高値に維持し、実体経済に打撃を与えないようにするかに悩んでいるのだと思う。身から出た錆といえるが。

今年7-9月期の米名目GDPは前年比9.6%伸びた。個人消費支出が11.6%と二桁増となり、これだけで名目GDPの増加額の8割超を占めた。名目GDPが前年を10%近く上回っているにもかかわらず、FF金利はゼロなのである。どれだけ経済成長が高くなれば、利上げをするのだろうか。FRBは「物価安定と雇用の最大化」が最大の目標だと念仏のように唱えているけれども、この目標に囚われれば囚われるほど、実体経済と金融経済の隔たりは大きくなり、金融経済を実体経済に近づけようとしても、金融経済の規模はFRBが制御できる範囲を超えてしまっており、制御不能に陥ることになる。

今年6月末の米株式価額・名目GDP比は3.31倍と2020年第2四半期以降、5四半期連続で過去最高を更新している。FFレートは2019年第2四半期の2.25%から2020年第1四半期には再びゼロまで引き下げられ、いまだにゼロ金利下にあるからだ。

米株式価額・名目GDP比とFFレートの関係をみるとFFレートが上昇すれば米株式価額・名目GDP比は低下し、FFレートが低下すれば米株式価額・名目GDP比は上昇している。長期のFFレートのトレンドは第2次オイルショックの14.0%(1981年)をピークとする富士山型である。1981年以降は趨勢としては右肩下がりとなり、リーマンショックのゼロ金利継続と新型コロナによるゼロ金利復帰が株式価額を著しく膨張させた。

日本の金利は異常な状態が常態化してしまい、ゼロ金利が日常の風景となってしまった。コールレート(翌日物)は1995年には1%を割り込み、その後はゼロ金利の期間が支配的となっている。株式はリーマンショックや東日本大震災により、なかなか動意しなかったが、そうした影響が薄れ、原油高による円安ドル高に加え、大規模な国債購入等の金融緩和策が功を奏し、長期上昇相場を形成している。

東証一部の売買代金は1989年のバブルピーク時には1.3兆円(1日平均、1980年は1,240億円)まで急増したが、バブル崩壊に伴い1992年には2,380億円まで落ち込んだ。その後も3、4千億円程度で低迷していたが、1999年に有価証券取引税が廃止されたことから売買代金は増加し、2004年には1989年を上回り過去最高を更新、さらに2007年には3兆円を突破した。米金融崩壊により売買高は減少したが、それでも1兆円を上回る水準を維持し、2013年以降は2兆円台、2018年には過去最高を突破し、今年も9月まででは2018年よりも多い。現状、バブル期の2倍をはるかに超える投機資金が株式市場で動いているのだ。日本の株式は発行市場を尻目に、流通市場だけが膨れ上がるというまさに博打場に成り下がっているといえるだろう。

売買回転率(株数ベース)を取り上げても、バブル期の最高は1988年の98.1%だが、2004年には113.6%とこれを上回り、2013年には220.9%まで上昇した。1955年から2003年までの49年間の売買回転率は一度も100%を超えたことはないが、2004年以降、100%超が途切れたことはない。いかに日本の株式は異常な回転売買が行われているかが明白である。

個人株主数(延べ人数)は1980年代まで概ね2,000万人程度で推移していた。ところが、急激な利下げなどを背景に、1990年代以降、個人株主数は大幅に増加し、2020年度には5,981万人、2001年度比1.78倍へと急増している。延べ人数でかなり重複しているとはいえ、個人株主が増加していることは間違いない。ゼロ金利に加え、パソコンやスマートフォンから簡単に株式売買できる環境が整ったことが個人株主増に繋がったのだろう。

個人株主は増加したが、個人の株式保有比率は2020年度、16.8%と2010年比3.5ポイント低下している。株価が上昇すれば売却するのが個人の基本的姿勢なのだ。6千万人のどのくらいの割合の人が頻繁に取引しているのかわからないが、それでもスマートフォンやパソコンで容易に売買できることから言えることは、かなりの個人が日々株式市場に参加しているのだろう。

時々刻々変化する相場に、ややもすれば気を取られ、本来なすべきことに集中できなくなりはしないか。日本人の少なからぬ割合が相場にのめり込んでいることが、経済社会の足を引っ張っているように思う。通信技術の発達が生活を便利にする反面、技術に使われるといったマイナス面があることは否定できない。

博打と同じで、株式売買で持続的に勝つことはできない。大抵は負けるのだ。日本人の多くが株式売買という賭博に熱中することは健全な社会とはいえない。相場に熱を入れることよりも、もっと大事なやるべきことはいくらでもあるはずだ。株式や債券、為替で儲けることは諦めるべきである。本業にしている人でも市場に勝てるのはごくわずかなのだ。10年物の国債利回りが0.1%にも満たないようなときに、それをはるかに超えるような儲けを追うべきではない。余裕資金は現金で保有すべきだ。

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