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歴史に真剣に向き合わない日本

円ドル相場が5週ぶりの円高ドル安となり、日経平均株価は9週連続高で止まった。今年9月以降の株価急騰は為替相場との関連性が薄れていたが、ドルの上値が重いとの見通しが強くなれば、株価と為替の相関関係が再び見直されるだろう。米税制改革法案は下院で可決されたが、上院でどうなるか不透明であることが、相場の不安材料となっている。だが、米国経済の問題は法人税減税などを実施すれば、ますます分配問題は大きくなり、長期的には米国経済を弱体化させるのではないか。株式・為替等の市場関係者は、相場を動かすと思われる目先のことだけに関心を寄せ、長期のことなど見向きもしない。まったく経済のことなど考えていないのだ。他人を出し抜くことに全精力を注いでおり、経済政策が米国経済をどのように変えるのかといったことなどどうでもよいのである。

今年第3四半期のGDPが出そろった。米国は実質前期比0.7%、ユーロ圏0.6%、日本0.3%であった。日本の伸びがもっとも低く、前期を0.3ポイント下回った。しかも中身が良くない。GDP構成比最大の民間最終消費支出は前期比-0.5%と2015年第4四半期以来、7期ぶりのマイナスになった。民間企業設備は0.2%と4期連続のプラスだが、民間住宅は0.9%減少した。民需は前期比横ばい、公需がマイナスになったため、内需は-0.2%と4期ぶりに前期を下回った。内需の寄与度は-0.2%だが、外需が0.5%となり、外需のおかげで前期比0.3%伸びたのである。
これで実質GDPは2016年第1四半期から7期連続の前期比プラスだ。成長しているとはいえ、その間、最高でも0.6%であるから、決して順調な成長とはいえず、極めて緩やかな成長にとどまっている。民需に限れば、その傾向がより鮮明に出ている。2014年4月の消費税率引き上げ後の14四半期のうち5四半期がマイナスとなり、消費税率引き上げの影響が大きくあらわれている。消費税率を上げれば経済の悪化は避けられないのである。
第2次安倍政権が発足した2012年第4四半期(497.9兆円)と今年第3四半期(530.7兆円)の実質GDPを比較すると32.8兆円増加している。増加額が最大となったのは民間企業設備(10.9兆円)であり、次が外需(8.6兆円)、3番目に民間最終消費支出(6.6兆円)が登場する。4年9ヵ月で6.6兆円、年率では0.9%しか伸びていない。米国の個人消費支出は同期間、2.8%と日本の3倍の成長だ。
2008年秋の米金融危機によって世界経済は激しい収縮に襲われ、そこからの回復もままならないうちに、日本は東北大地震・原発メルトダウンに見舞われるという悲惨な社会状況下にあった。だから、2009年第3四半期に463.7兆円まで落ち込んだ実質GDPは1年後の2010年第3四半期には498.6兆円まで回復していたが、大地震後の2011年第2四半期には485.5兆円まで縮小した。この間の政治は民主党(政権期間2009年9月~2012年12月)が担当していたが、不運にも最悪の時期にぶつかり、大敗北してしまった。
実質GDPは伸びているけれども、今年第3四半期と金融危機前の2008年第1四半期(507.7兆円)に比べれば、4.5%の増加にすぎない。民間最終消費支出は4.3%にとどまっており、主力が伸びなければ、経済成長力はきわめて弱いものにならざるをえないことを思い知らされる。
民間最終消費支出が経済成長のネックになっていることが明らかであるにもかかわらず、経済政策の中心に据えられなかったことが最大の問題なのである。民間最終消費支出が動かなければすべては始まらないのだ。財政政策は単に歳出を増やすのではなく、消費が拡大するような所得分配政策を実施する必要があり、利益を溜め込む企業に対しては増税しなければならない。
闇雲な金融緩和が消費を刺激することはない。金利がほぼゼロでも家計は消費を増やさず、貯蓄をやめないのである。超金融緩和は株式や不動産の価格を引き上げた。株式、不動産を保有している家計や企業にはキャピタルゲインをもたらし、持たざる者との格差を生み出した。だが、キャピタルゲインが消費拡大に寄与しているデータはない。超金融緩和を試みても消費拡大にはなにのプラス効果もあらわれないのである。金融緩和がもっとも影響力を発揮する設備投資でさえ確かな証拠はない。
実施した経済金融政策がどのようなプラス・マイナスの面があったのか反省もせず、次々に政策を打ち出すだけでは、日本は同じ過ちを繰り返すばかりで、前に進むことはできない。堂々巡りしているだけである。1980年代後半のバブルの検証、さらにいえば無謀な第2次大戦、これらのことを徹底的に解明していくことから日本の進むべき指針を模索していくべきであったが、歴史を曖昧なままにしてしまったことが今日の日本を作ってきたのだ。
先週の所信表明演説も言葉が踊っているだけで空虚さを覚えるだけだ。「生産性革命」、「人づくり革命」なんとしらじらしいのだろう。待機児童も解消していない状態で「幼児教育の無償化を一気に進めます」という。無償化の恩恵を受ける人がいながら、保育園に入れない不利な人がいる。このような理不尽な政策があるだろうか。さらに「高等教育を無償化します」ともいう。大学進学率が52.6%(2017年3月)と高くなったが、はたして日本がそれに見合った社会になったかといえば、基本的には以前とそれほどの違いを認めることはできないのではないか。確かに大学の「量」は拡大したが、「質」は旧態依然であると言わざるを得ない。そのような大学にいくら学生を投入・産出してもこれまでと同じように量を増やすだけである。過去の反省がないからこのような無味乾燥な所信表明演説になってしまう。

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