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物価とマネタリーベース

4月の米個人消費支出(PCE)物価指数は前年比3.6%と前月の2.4%から1.4ポイントも上昇した。食品・エネルギーを除くコアも3.1%、前月よりも1.2ポイントも高くなり、1992年7月以来約29年ぶりの高い伸びだ。しかし、公表当日の米債利回りはやや低下し、株式や金は上昇した。

3月の米可処分所得は給付金の支給で前月比23.4%も急増したため、4月は14.6%減少した。そのため、4月のPCEは前月比0.5%に鈍化した。賃金・報酬は前月比1.0%増加しているが、個人の消費意欲は盛り上がっているわけではない。4月の貯蓄率は14.9%、前月比12.8ポイント低下したが、新型コロナ以前を大幅に上回っており、消費者は引き続き先行きを慎重にみている。

5月の消費者信頼感指数やミシガン大学消費者態度指数はいずれも前月を下回っており、米消費は踊り場の局面にあるのかもしれない。消費が力強く回復しなければ、物価上昇も一時的な現象にとどまるだろう。

5月12日には4月の米消費者物価指数(CPI)が公表されており、コア指数は前年比3.0%とPCE物価指数のコアと同じくらい上昇していた。CPIコアの中身をみると、中古車の上昇が際立っており、それだけでコア指数を0.6ポイントも引き上げている。こうした要因が解消に向かえば、米物価のコアは2%程度の水準に落ち着いていくだろう。

原油価格などの商品市況もドル安などで上昇しているけれども、直近、CRBは205.69であり、2008年央の462に比べれば、取るに足らない。その時でさえ、米CPIコアは2%台であった。新型コロナによる生産・物流のイレギュラーが、一時的に商品や製品価格を混乱させているようだが、早晩、正常な状態に戻るだろう。

4月の米住宅着工許可件数は173.3万戸、前年比58.4%も急増している。1月は188.3万戸と2006年5月以来約15年ぶり高水準を記録した。4月は幾分減少しているが、依然、高い水準を維持しており、米住宅需要は旺盛である。需要増を背景に住宅価格は上昇しており、3月のS&Pケース・シラー住宅価格指数(20都市)は前年比13.3%と上昇率は2013年12月以来だ。

NYダウの前年比上昇率は35.9%、ナスダック総合はダウより高い46.8%、さらにCRBは58.5%も上昇している。対ユーロでドルは前年比10%下落しており、CRBの重要な上昇要因として挙げることができる。それにしても、CPIなどの上昇に比べれば、株式、商品及び住宅の上昇は桁違いなのである。こうした金融商品あるいは投機商品といわれるものは、金利に敏感に反応するからだ。金融商品の購入コストはほぼ金利だけであり、金利が下がれば、購入しやすくなり、上がれば購入しにくくなる。ゼロ金利の長期化が、バブルでありながら、なお金融商品の購入を促し、高水準に張り付けている。

金融商品の価格は異常に上昇しているが、一般物価は落ち着いている。CPIコアの前年比上昇率は1990年以降、2000年まで低下し続け、その後は3%前後を上限に緩やかな変化にとどまっている。1990年代、失業率が低下していても、CPIもそれと同じような動きを示していた。失業率が急速に上昇したときは、CPIは下落したが、失業率の低下期には、CPIが上昇する傾向をほとんど認めることができない。過去10年ほど、失業率は低下したが、CPIは横ばい状態を示し、両者の逆相関は完全に消えてしまった。

4月の米失業率は6.1%と前年の14.8%からは大幅に低下しているが、新型コロナ以前の3%台に比べれば、まだ高い。4月の非農業部門雇用者数は1億4,430万人、2020年2月の最大に比べれば821万人も少ない。雇用と物価の関係が途絶えた今、こうした雇用状況に鑑みれば、なおさら雇用は物価上昇の原因にはならないと結論づけることができる。

新型コロナによる経済活動の低下を防ぐために、FRBは国債等の購入額を無制限としたため、昨年3月以降のマネタリーベース(MB)の前年比伸び率は2桁増である。MBの残高は昨年4月、3兆ドル台から4兆ドル台に乗せ、昨年11月からは5兆ドルが定着し、今年4月は初の6兆ドル突破となった。

MB残高の前年比伸び率は第1次、2次石油危機時の物価高騰期にも、比較的安定していた。こうした傾向は2008年のリーマンショックが起こる前まで続いていた。1991年以降、CPIの伸びが低下していったことから、MBの伸びがCPIを上回る状態が概ね現在まで継続している。

2008年8月を基準に2021年4月までの伸びを求めると、MBの7.13倍に対してCPIコアは1.27倍である。MBがいくら増加しても物価は上がらないのである。上がったのは株式であり、NYダウは3倍、ナスダック総合は5.9倍それぞれ急騰している。MBの物価ではなく金融商品だけを押し上げる効果は歴然としている。ものよりも金融商品を所有することの優位性が、資産・所得格差を拡大し、社会の亀裂を大きくしている。

名目GDPとMBの関係も物価と同様に、2008年を境に大きく変化していることがわかる。1969年から2007年までの38年間のGDP・MB比率は最小が13.25(1969年)であり、最大が19.79(1984年)だった。だが、2008年には8.83と2007年の17.27から急低下したが、その後も下がり続け、2020年には過去最低の4.02に低下した。

日本のGDP・MB比率は米国よりもさらに低く、2008年の5.21から2020年には0.87と1.0を下回った。MBがGDPを上回っているのだ。GDPの2020年・2008年比は1.02倍と横ばいだが、MBは6.1倍なのである。MBは異常に拡大しているが、GDPに変化はない。なにのために、これほどMBを増やしているのだろうか。

MBは急増するけれども、実体経済はそれとは関係なく動いているようである。FRBの貸借対照表の負債であるMBが急増しても経済活動にはなにの影響もないのである。金融機関からの預金がFRBに積み増しされることは、金融機関の民間部門への貸付が伸びていないからだ。FRBの金融機関からの預金は5月26日現在、5.0兆ドルに膨らんでいる。FRBへの預金がどれほど増加しても、実体経済が好転することはない。FRBの保有する預金が増加することは、家計の貯蓄が増大していることの裏返しなのである。家計の貯蓄が増加することは、消費の抑制であり、経済状況は思わしくなく、民間部門への貸出も低調だということである。民間金融機関は当てのない資金を抱えることになり、結局はFRBに預金することになる。家計が消費性向を引き上げない限り、MBは減少していかないのである。

4月のMBは前年比24.7%と昨年9月から今年3月までの50%超から鈍化した。MBの伸び率が低下するときは、物価の上昇率は高くなる傾向が過去の統計から読み取ることができる。現況はそのような局面にあるのだろうか。2008年以降、MBの変動幅は大きく、短期間で上昇下降は入れ替わる。今のMBの伸び率低下も遠くない将来に上昇に転じるだろう。その時、物価の伸び率は低下するはずだ。

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