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異例のマイナス実質利回り

先週末、米10年債利回りは2.89%と6月7日以来の3.0%割れだ。6月の米消費者信頼感指数が前月の103.2から98.7へと低下、特に、期待指数は73.7から66.4へと7.3ポイントも落ち込んだ。さらに、6月のISM製造業が5月の56.1から53.0に低下したが、新規受注が55.1から49.2へと50を割り込み、景気への警戒感を強めた。景気減速の兆しに関心が集まれば、商品相場も軟化する。ロシアから接収されそうになっている天然ガスは急騰していたが、6月10日の8.85ドル/MMBtuをピークに先週末、5.73ドルへと35.3%も急落している。同期間、WTIや銅の-10.1%、-14.8%をはるかに上回る下げだ。

米10年債利回りの3%割れは円安ドル高の動きを鈍くするはずだ。米10年債利回りは、6月半ばの3.47%がピークになるかもしれない。ガソリン価格の急騰は今までのような消費は改められ、需要の減退によって価格上昇は抑えられるだろう。そうした価格メカニズムの作動によって、全体の需要も弱くなり、景気の過熱は徐々に取り除かれていくだろう。そうであれば、10年債利回りは3%を大きく上回ることはないのかもしれない。市場関係者が注目していた日米金利差にいつまでも固執していると置いてけぼりにされかねない。

消費者心理は冷えつつあるけれども、5月の米個人消費支出(PCE)は前年比8.5%と高い伸びを維持している。民間部門の賃金・俸給は前年比11.9と2桁増であり、消費者の懐は温かい。これだけ賃金・俸給が伸びていれば、容易に消費支出を削減する気にはならないのではないか。雇用も拡大しており、実際のところ、米消費がすぐに衰退するような状況ではない。

5月のPCE物価指数は前年比6.3%と前月と同じ伸びであった。一方、食品・エネルギーを除くコア指数は4.7%と3カ月連続の伸び率低下となり、物価上昇は明らかに緩やかになってきている。6月開催のFOMCの予測によれば、2022年のPCE物価指数は5.0%~5.3%、コア指数は4.2%~4.5%だが、まだこれを上回っている。が、コア指数の上昇率は5月を0.2ポイント下回れば予測に収まる。ただ、最終目標の2%には大きな開きがあり、この目標達成のためには大幅に利上げしなければならない。

米株式は利上げに耐えられるだろうか。今年6月末までの上半期の値下がり率はナスダック総合の29.5%が最大であり、ダウは15.3%である。FT100の2.9%に対してDAXは19.5%とロシアとの関係が深いだけにウクライナの影響をより強く受けている。日経平均株価は8.3%の下げにとどまっており、米株の下げの波に飲み込まれてはいない。円安ドル高が輸出を後押ししており、収益面でも予想外の為替差益を享受しているからだ。

今年3月以降、FRBは3回の利上げでFFレートを1.5%に引き上げた。7月26日~27日開催のFOMCでは、さらに0.75%の利上げが実施され、2.25%に上昇するだろう。だが、債券相場には織り込まれており、多少の変化にとどまるはずだ。むしろ、経済の減速懸念が利上げによって一層強まることになれば、株式はさらに売られることになる。Wilshire5000が半期、22.5%も下落し、売り込まれているが、実体経済からすれば、依然高いことがまだ下げ止まらない根拠である。FRBはこれからの米株の動向を注視し、ここからさらに2割もS&P500が下がるような事態となれば、利上げの方針は撤回されるだろう。

Stoxx Europe 600が半期、16.7%の下落とWilshire5000を下回っている。米株式がバブル化していたことやイギリスのロシアからの影響が大陸ほどではないからだと考えられるが、それでも欧州株はよく持ちこたえている。株式を見る限り、ウクライナ戦争は欧州経済に深刻な影響を及ぼしているようには思えない。

6月ユーロ圏のHICPは前年比8.6%と上昇率は前月を0.5ポイント上回り、5月の米CPIと同じ伸びだが、コア指数は4.6%、米国よりも1.4ポイント低い。ロシアと接し、ロシア依存度の高いエストニア、ラトビア、リトアニアは22.0%、19.0%、20.5%それぞれ上昇しており、1年前の3%前後から加速している。

ユーロ圏のインフレは米国とほぼ同じだが、政策金利は依然ゼロである。ユーロ圏のインフレもエネルギーが前年比41.9%も急騰していることに起因しているが、さらに失業率が5月、6.6%と2カ月連続で改善し、統計開始以降の最低を更新、労働需給の逼迫から労働コストは上がってきている。今年第1四半期のユーロ圏労働コストは前年比3.8%と昨年第2四半期の0.1%を底に上昇傾向にある。失業率が2.8%と低い独の今年第1四半期の労働コストは前年よりも4.5%高くなっている。

6月の独HICPは前年比8.2%だが、米債の低下に伴って独10年債利回りは週末1.23%、直近ピークの6月21日から53ベイシスポイント下がった。物価は8%超上昇しているが、資金調達コストは1%台という借り手有利な状況が独経済を支えていると言える。

独実質利回りはマイナス7%である。フランスはマイナス4.7%、イタリアはマイナス5.4%であり、米国はマイナス5.7%といずれも実質利回りは大幅なマイナスなのだ。実質利回りのマイナスは長期的にも稀な現象である。1980年代以降の米国の実質利回りは右肩下がりだが、マイナスに転じたのは2019年半ば以降である。実質利回りのマイナスへの転換とマイナス幅の拡大が米株式を急騰へと誘った。しかし、FRBの利上げによって、実質利回りは2月のマイナス4.6%を底に5月はマイナス3.17へとマイナス幅は縮小してきた。これからも10年債利回りが大きく変わらず、CPIの緩やかな低下を仮定すれば、実質利回りのマイナスは徐々に縮小するだろう。そのように推移するならば、主要国の経済は物価高の悪影響をマイナスの実質利回りである程度相殺できるだろう。

日本の実質利回りも、消費税引き上げ期を除けば、5月のマイナス2.26%が過去最大だ。実質利回りのマイナスが持続しても実体経済には然したる影響はない。最終消費が拡大しなければ、マイナスだといっても資金需要は低迷したままである。2021年度までの過去10年間の家計最終消費支出はほぼ横ばいであり、積極的に設備投資をするわけにはいかないのだ。資金需要が強いところは、株式や不動産などの分野である。ゼロ金利下、余剰資金を持て余している富裕層は株式や不動産に資金を振り向けており、過去10年間で名目GDPは8.4%伸びただけだが、日経平均株価は2.35倍に拡大した。不動産も実体経済を上回る伸びをみせ(日本不動産研究所の『市街地価格指数』によれば6大都市商業地は2022年3月末までの10年間で46.3%の上昇)、日本経済は金融部門に偏っていたと言える。もし、債券利回りが2%や3%に上昇することになれば、株式や不動産はこれまでの買いから売り優勢となり、激しく値下がりするだろう。そうした、株式や不動産の値崩れは、実体経済にも波及し、最終消費は一段冷え込み、深刻な不況に陥ることになる。ゼロ金利下のこうした金融の過熱を防ぐためには、有価証券取引税を復活させ、値上がり益や配当への課税を重くしておかなければならない。

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