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設備投資先を見いだせない日本の経営者

資本主義経済は資本、つまり金の力で経済を動かしていく仕組みである。金を持っている人や金を調達できる人が、儲かると期待できるところへ金を投入する。うまくいけば利益を獲得できるが、期待外れとなれば、破綻する。まさに、企業家の血気が経済の原動力となる経済なのだ。成功も失敗も、企業家の能力がすぐれているかどうかに掛かっている。これはいつの時代についてもいえることである。

経済の原動力はこうした企業家による血気盛んな投資行動なのだが、経済の発展とともに、新たな投資先がなかなか見つからず、設備投資が伸び悩むことになる。すると資本主義経済のダイナミズムは失われ、成長は停止し、停滞状態に陥る。

民間設備投資が増加するか、減少するかで、その経済が強いか、弱いかが決まる。日本経済の2020年までの40年間の民間企業設備(名目GDP)を10年間毎の増減率をみると、1990年までの10年間は2.28倍に急増したが、2000年までの10年では1.9%減、次の2010年までは17.5%減と減少幅は拡大。だが、2020年までの10年では19.7%と増加に転じた。いずれにしても、1990年代以降の設備投資は、それまでの急拡大が突然止まるという予想外の散々な結果になった。不動産と株式のバブル崩壊によって、先行き不安感が募り、民間設備投資は萎えてしまった。新技術や新製品の開発分野が無かったのではなく、設備投資意欲が委縮してしまったからだ。

設備投資が完成し、生産を始めるまでには時間がかかり、生産物や製品が期待通りに売れるかどうかは分からない。これはある種の賭けである。事業には常に、この賭けという博打行為が重要な要因として入ってくる。先行きが期待薄では、数年後を睨んだ設備投資には及び腰となる。バブル後はこうした不安感が一層強まり、産業界全体を覆うことになった。そもそも意思決定に不向きな経営者ばかりでは、一度、後ろ向きの考えに陥ってしまうと、簡単には、そうした思考から脱却することは難しい。

民間設備投資の減少によって、名目GDPも1990年までの10年間の82.3%増に対して、2000年までは13.5%、2010年までは0.5%、2020年までは6.4%と長期停滞を示している。資本主義経済のエンジンである民間設備投資が減少したり勢いが減じたりすれば、経済は沈滞せざるを得ないのだ。

米国の民間設備投資は1990年までの10年間は1.82倍であったが、2000年までは2.02倍と減少した日本とは対照的に勢いは増している。2010年までは1.15倍に伸びは鈍化したが、2020年までの10年間は1.61倍と盛り返し、日本の伸びを大きく上回っている。堅調な設備投資によって、2020年までの10年間、米名目GDPは1.38倍と日本の成長率を大幅に上回っている。

米企業がこれだけ設備投資していることをみれば、決して投資先が無くなってしまったのではなく、日本企業の多くは、バブル崩壊後の巨額の不良債権や倒産を目の当たりに、投資に慎重になりすぎたのではないか。

資本主義経済を強くするには民間設備投資の拡大が不可欠だ。だが、今の日本に設備投資を果敢に進める経営者がどれほどいるだろうか。個性がなく集団主義的思考に慣らされた経営者では、期待できない。みんなで一斉に取り掛かることができるようなモノつくりのための設備投資であれば、業界全体で推し進めるだろうが、一社だけ、単独で取り組むのは苦手なのだ。

企業、特に大企業には金(資本)は十分にあるが、設備投資意欲はない。賃金の抑制、法人税減税、支払利息の大幅減などによって、売上高が伸びなくても当期純利益は拡大してきた。財務省の『法人企業統計』によれば、2020年度の大企業の法人税等は7.54兆円だが、最高は2007年度の10.51兆円、バブル絶頂期の1989年度は8.86兆円と昨年度よりも多い。また、2020年度の支払利息は2.85兆円とピーク(1991年度、13.72兆円)の20.8%に激減している。賃金にしても過去30年ほどほとんど横ばいであり、大企業の思いのままの政策が実行されてきた。だが、これだけさまざまな優遇策が取られたにもかかわらず、設備投資には消極的であり、内部留保に走り、自己防衛に精を出すばかりであった。なにのための法人税減税だったのだろうか。

過去の企業行動に基づけば、減税をしても、自己保身に励むばかりで、モノやサービスの販売を除けば、社会になにの貢献もしないことが明らかである。だから、何々をするのであれば、減税をするという甘いやり方では、日本の企業行動を変えることはできないのである。

設備投資意欲が湧かずに、設備投資の低迷が続くことになれば、日本の資本主義経済はますます活力が失われていくだろう。家計部門の巨額の貯蓄は、民間設備投資だけでは吸収できず、つまるところ、需要不足は公的部門の消化で、つじつまを合わせることになる。

人口減と少子高齢化は、消費や労働力などにじわじわ影響していくだろう。2020年の民間需要と公的需要の名目GDP比は、それぞれ73.6%、26.7%だった。1990年の79.1%、23.4%に比べると民需の比率は低下し、公需は上昇している。変化をもたらした最大の要因は、民間設備投資の比率が当期間、4ポイントも低下したからだ。民需の比率を高め、公需を下げるには民間設備投資を拡大しなければならない。民間設備投資に踏み出すには、他では作れないモノを作る技術を開発する必要があり、そのための人材育成も不可欠である。もし、技術開発力で後塵を拝することになれば、民間設備投資意欲は削がれ、日本の資本主義経済はより停滞感が強まり、公的部門頼みになるだろう。

日本が進むべきモデルがひとつある。2020年のドイツ経済をみると、GDPに占める家計消費比率は50.7%と日本よりも低く、設備投資は21.1%と非常に高い。民需と公需は71.9%、22.4%といずれも日本を下回っている。違いは外需であり、ドイツの外需はGDPの5.7%(2015年は7.6%)を占めているのだ(2020年、日本の外需比はー0.2%)。

ドイツが輸出で稼いでいるのは、製造業が強いからだ。ドイツ製造業はGDPの18.2%(2020年)を占めており、日本(20.5%、2019年)よりも低いけれども、品質や競争力で勝っているのだと思う。輸出超過額の大半がモノだということは、ドイツの生産体制が高水準に達しているからではないか。製造業が強いことは、設備投資も盛んだということだ。良いモノを作り出すには、新しい機械の導入や更新需要も必要であり、古い設備投資を使用していたのでは、国際競争に打ち勝つことは難しい。

家計の貯蓄を設備投資に使うほどの積極的な投資に挑む経営者の出現を望むほかない。高品質、耐久性、使いやすさ、独自性等々のすぐれたモノを国内で作り、海外にも販売し、外需の比率を5%程度まで引き上げる。こうした道筋を辿ることができるならば、日本の資本主義経済も良くなるのではないだろうか。

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