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貯蓄・投資の法則が財政を決める

米大統領選挙がオバマ大統領の再選という穏当な結果で終わったが、減税打ち切りや歳出削減の不安によって米株式は急落した。はたしてそうだろうか。崖の問題は承知していることであり、これが急落の引き金になったわけではない。経済の足取りが思わしくなく、企業業績も減益に転じたが、株価はFRBのゼロ金利でかろうじて維持されていた。ビッグイベントが過ぎたことから、材料が出尽くし、高値に位置する株式の恐れに目を向けざるをえなくなった。どのように考えても過去最高値を目指すような経済環境ではなく、今の株式は金融政策に過度に依存した実体経済から乖離した相場なのである。2008年に金融危機を経験したばかりだが、舌の根の乾かないうちに、FRBは金融緩和政策で金融機関を援護し、株式・債券バブル形成に加担している。

市場万能主義の復活を目指すロムニー氏が当選しなかったのは、米国経済の問題拡大に歯止めを掛ける上でも重要であった。ブッシュ政権が高額所得者の減税を実施したことにより、第2次大戦以降で所得格差が最大になったが、減税を継続すれば、さらに格差は拡大するだろう。格差が拡大すれば、消費は低迷し、米国経済の回復は遠のく。

高額所得者は税率を引き上げたからといって、消費支出を減らすわけではない。所得税の最高税率は35%と低く、これを上げても、米国の消費が少なくなるわけではない。利子・配当の税率は低く、ロムニー氏のような株式などの値上がり益や配当からの収入には15%の税率が適用される。2011年のロムニー氏とアン夫人の共同収入に対する税率も約15%である。彼らは2011年、2,100万ドルの収入を稼いでも320万ドルの税金を支払うだけでよいのだ。高額所得者だからといって35%の税率で税を支払っている金持ちは少ないのである。所得税に加えてキャピタルゲインや配当にメスを入れなければ米所得格差は縮小しない。

米国社会は白人、黒人、ヒスパニック,アジア系とさまざまな人種で構成されているが、金融危機以降の不況と経済の停滞で困っているのは白人以外の人たちである。10月の失業率をみても、白人の7.0%に対して、黒人とヒスパニックは14.3%、10.0%である。ただ、アジアは4.9%と白人よりも低い。学歴別では大卒は3.8%と日本(4.4%、男、9月)よりも低く、短期大学6.9%、高卒8.4%、中等教育卒12.2%と学歴が下がるほど失業率は高くなる学歴社会なのだ。白人で大卒の人には10月の7.9%という失業率は他人事なのである。アジアの失業率が低いのは、高学歴者が多いことに関係している。

米国社会では高学歴の白人は金に困る人が少なく、市場原理主義がもっとも好ましい経済法則なのである。だから白人には共和党員が多く、ロムニー支持なのだ。今回の選挙でも、出口調査(CNN)によれば、白人の59%がロムニー氏に投票し、オバマ氏は39%にすぎない。白人男性に限ればロムニー氏への支持はもっと高い。逆に、アフリカ系は93%、ヒスパニックは71%がそれぞれオバマ氏に投票し、その結果、オバマ氏が再選されたのである。

高学歴の白人層は減税を打ち切られることが嫌なのである。大卒では51%がロムニー氏に投票しているが、大卒を除けばオバマ氏がロムニー氏を上回った。高学歴の白人層は、自分たちは医療や年金などになんら困らないので、医療保険制度に税金を注ぎ込むことなどとんでもないと考えているのだ。米国経済がどうのこうのということではなく、自らの収入・資産の拡大を図ることをモットーにしている。下院では引き続き共和党が多数を支配し、オバマ大統領はこうした連中と戦わなくてはいけない。

 減税打ち切りと財政カットが迫っているが、実体経済の動きが、それらの政策の方向を決定づけていくだろう。経済の歩みが遅ければ、なんらかの財政支出を図らなければ、経済はますます弱っていくからだ。財政支出の元本は十分にある。米国経済の貯蓄は順調に伸びており、商業銀行ベースでは10月も前年比7.3%増加した。一方、貸出等は4.3%増にとどまり、金融危機の08年12月以降、貯蓄が貸出等の伸びを上回る状態が続いている。 10月の貸出・預金比率は79.8と2008年11月(102.2)以降下げ止まらず、このような低い数値は1984年5月まで遡らなければならない。10月の商業銀行預金は8.97兆ドルだが、貸出等は7.15兆ドルと預金を1.82兆ドルも下回っている。銀行は預金を遊ばせておくわけにはいかないので、国債等を購入したり、準備預金に積み立てたりしているのだ。

実体経済がはっきりしないので、企業はなかなか設備投資に踏み切れず、不動産も回復しつつあるとはいえ、9月の米住宅着工件数は年率87.2万戸、長期の推移をみてもまだ過去の底の辺りであり、ピークの38.4%の水準にとどまっている。このように資金の主要な行き先が回復とはほど遠い状態にあるため預金は銀行から非金融部門に出て行かないのである。つまり、米国では貯蓄が投資を上回っており、政府や輸出が存在しなければ、経済は下り坂を転げ落ちることになる。

これまで約4年間、需要不足を補ってきたのが政府部門なのである。毎年1兆ドルを越える財政赤字で歳出を賄い政府支出を拡大したことで、最悪期から抜け出すことができた。2008年の名目GDPに占める政府支出の比率は20.1%と前年より1ポイント上昇し、1992年以来16年ぶりの20%超となった。2009年は21.2%とさらに上昇したが、その後は低下している。比率の低下に伴い経済の回復力は衰えてきている。ここで歳出を削減することになれば、間違いなく経済は悪化に向かうだろう。

企業収益も財政赤字に依存しており、他の諸条件が変わらずに、政府が財政赤字を大幅に削減することになれば、企業収益も落ち込むことになる。大企業は共和党に肩入れしているが、財政を緊縮すれば、直ちに跳ね返ってくるのは企業だということがわかっていない。

共和党は財政赤字を削減し、政府の規模を小さくすることに主眼を置いているが、オバマ大統領の前のブッシュ政権は軍事費だけでなく非軍事費も拡大させ、政権期間にGDP・政府部門比率を1.3ポイント上昇させた。もっと前のレーガン政権も小さな政府を標榜したけれどもGDP・政府部門比率は期間中20%を超えており、小さな政府など実現できていないのだ。

 経済の宿命なのだが、豊かになると所得と消費の隔たりが拡大していく。所得と消費の差(貯蓄)をなにかで埋めていかなければ、経済は維持できないという構造になっている。貯蓄よりも大きな需要が生まれれば、経済は拡大していくが、貯蓄よりも小さな需要しか生まれなければ、経済は縮小していくことになる。これは不変の経済法則なのである。気まぐれな民間設備投資や輸出だけに需要不足の穴埋めを期待することはできない。どうしても政府の穴埋めが必要になる。不況になればなるほど、民間部門は萎縮してくるので、政府の出番は多くなってくる。共和党がいくら財政削減に頑張ってみたところで、貯蓄と投資の経済法則には勝てないのである。 

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