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道理が通用しない日本

主要国の先週末株価と商品市況は昨年末を上回っているが、長期金利は米国を除けば、昨年末よりも低い。景気が良くなれば上昇しやすい短期金利も日本やユーロはマイナスであり、昨年末を下回っている。米国の短期金利は昨年末よりも高いけれども1%未満であり、正常な経済に向かっているとは言えない。対ドルで円は昨年末よりも高いが、ユーロは安い。米国経済に比べれば、日本やユーロ圏経済は良くない。特に、日本経済は見劣りすると言ってよいだろう。

GDP統計によれば、7-9月期の日本の名目GDPは前期比0.1%と辛うじてプラスを維持した。3四半期連続のプラスだが、伸び率は低下している。デフレーターは前期比-0.2%と2四半期連続のマイナスとなり、また前年も下回り、デフレに戻ってしまった。GDPデフレーターは2016年第1四半期まで約3年、前期比プラスであったが、民需に限れば今年第3四半期まで3四半期連続のマイナスであり、2015年も2四半期はマイナスであった。なかでも民間最終消費支出デフレーターは消費税率を引き上げた2014年の第4四半期にはマイナスとなり、その後、デフレ状態が続いている。消費税率引き上げによる消費抑制が物価を押し下げているのである。物価が上昇すれば需要を減らすというあたりまえの消費行動を消費者は取ったということなのだ。

2016年第3四半期の民間最終消費支出は299.9兆円、第2次安倍内閣が発足した2012年第4四半期(290.1兆円)に比較しても3.4%増にとどまるが、2013年以降ではほぼ横ばいである。GDPに占める民間最終消費支出の比率は今年第3四半期、55.8%と2012年第4四半期比3.1ポイント低下している。GDPの55%を占める民間最終消費支出が低迷していることは、GDPそのものも不振だということである。民間最終消費支出が低迷しているので民間設備投資も過去2年、81兆円程度で推移しており、現状維持なのだ。

第2次安倍内閣は円安ドル高と財政支出によって経済を再生しようとしたが、資金は民間企業に流れず、円安による輸入コスト増などで政策は機能しなかった。うまくいかなかった最大の理由は消費を喚起する方策を出さなかったという点に尽きる。法人税減税等の企業寄りの政策では経済は動かないのだ。経済界も保身に終始、日本経済全体を視野に入れた大局的な政策提言はなされなかった。こうした企業重視の政策を遂行した結果は、家計の寂しい懐と企業の内部留保積み上げである。家計は使えるお金に不自由をし、企業は使い切れないお金を抱えることになった。

日銀がいくら金融機関から国債を購入し、金融機関に現金を供給しても、金融機関からお金は出ていかない。すでに有り余るほどのお金を持っている企業が、お金を借るだろうか。そんな企業は借りるわけがない。だから金融機関からお金が出ていかないのだ。金融機関には現金が溜まることになるから、必要以上に日銀にお金を預けることになる。そしてそれを元に日銀はさらに国債を買う。このようなことの繰り返しがいまだに行われている。

日銀はすでに4年近く、実体経済になにの影響も持たない巨額の国債買いを実施している。買入れの規模縮小などでも為替、株式への影響を見通すことが難しく、おいそれと買入れ規模の縮小に踏み出すことができないのだ。負け戦だが、突き進むしかない、日銀はそのような状態に陥っているのだと思う。

投機的動機による貨幣需要の存在しない定常状態でのみ通用するマネタリズムを現代社会に適用させようとするエコノミストがいまだに跋扈している。そうしたエコノミストが政権の中枢で登用され、日銀を巻き込み、巨額の国債買取が日本経済を回復させる方法だと訴えたのである。

日本の経済学は地に落ちた。政府や日銀の政策に対してなぜ挑まないのだろうか。彼らが正しいと思っているのだろうか。経済学を学ばなくても、企業や家計をみていれば国債買いの経済への効き目などないことがわかるはずだ。あるいは長い物には巻かれろといった考えが依然日本社会を支配しているからなのか。いずれにしても、理論的根拠のない金融政策をのさばらせ、悪い経済状態に引きずり込むのは戦前の軍国主義と同じである。

失敗がわかりきっているのだが、やめられない。二進も三進もいかないところまで追い詰められて、やっと失敗を認める。間違ったことは潔く認め、一刻も早く正しい軌道に乗せなければいけない。メンツにこだわり、いつまでも効果のない金融政策を遂行していけば、マイナス面が拡大するばかりだ。

日本には戦前の戦争にのめり込んでしまうような無謀な行動がそこかしこにある。1980年代の金融機関の不動産貸付と1990年代の不良債権問題もそうである。特に、不良債権がどの程度かについては、開示を拒み、なかなか膿を出さないため、雪だるまのように膨らみ、巨額の不良債権が日本経済の体力を奪ってしまった。

金融機関の不良債権と同じことが原発でも起きつつある。今月、福島原発の廃炉等の総費用は現在の11兆円から22兆円へと2倍になる案が出された。廃炉だけで2兆円から8兆円に急増している。おそらくこれも杜撰な数字で、最終的には当初の何十倍もの資金が必要になるのだろう。税金や電気料金などあらゆるところから金をかき集める算段だ。国が支配権を持ち、とっくに倒産している東電は、いまだに東証1部に上場しているという摩訶不思議さ。放射線管理区域であるにもかかわらず基準を緩和し住民を住まわせ、帰還を促すという反法治国家的行動。水俣病の被害者は今もってすべての人が救済なさていないが、福島も水俣と同じように救済は遅れ、お金では償えない放射能被害が発生するだろう。

福島の原発事故を起こしても、東電はなお柏崎刈羽原発を稼働させたいのだ。また、国は「もんじゅ」は廃炉にするというが、まだ高速炉開発は続けるという。危険な崖っ縁にある日本列島上に原発を作ること事態、理に叶わぬことなのだ。経産省は原子力を推進したい人たちを委員に選び、始めから結論が分かっているまやかしの委員会を開催している。だから大事故を起こし、その収束さえも見通せない状況でも、まだ原子力を推進する結論に達するのだ。経産省のこれまでの原子力政策は戦争へとばく進した旧日本軍となんら変わらない。

日本経済がうまくいかないのは、一部の専門家(金融、原子力、医学等)のタコツボ化した狭隘な考えを打ち砕く英知の欠如にあるのではないだろうか。来年こそは金融村や原子力村を打ち砕く力がいたるところから沸き起こることを願っている。

(来週号は休みます)

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